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真剣に家系探求

何かの縁で北海道に集まってきた祖先の歴史を少しづつ紐解いていきます。

岩手県九戸郡伊保内村→舌辛村?【千葉家】

今回は、嫁の曾祖母の実家、千葉家です。
嫁の曾祖母・山田ハルノ(1910~1939)は、釧路郡鳥取村において曽祖父・綱吉と16歳のときに結婚し、5人の子宝に恵まれましたが、昭和14年に6人目が生まれた際に亡くなったそうです。若干28歳でした。当時、流行病でもあったのか、その頃7ヶ月の間に高祖母、4人目の子供、5人目の子供、曾祖母、曾祖父が相次いで亡くなり、残された祖父と二人の姉妹は大変苦労されたようです。祖父の妹さんに曾祖母のことを聞いてみると、「優しい人だった・・・。きれいな人でね・・・。」と言っておりました。嫁の実家の仏壇の横には、東北美人の曾祖母の写真が飾ってあります。
その千葉家は当時の岩手県九戸郡伊保内村大字長興寺(現:九戸村長興寺)に在るのですが、一家で入植したわけではないようで、北海道に移住した形跡があるのは曾祖母の父・千葉菊太郎(1889~1969)の戸籍に記載されている中だけだと、曾祖母の叔父・千葉語郎(1903~?)、と曾祖母の弟、それに曾祖母の3人のみでした。他に親戚の人や地域の人が一緒であったかなどはわからないですが、その中で記載がある最も古いものは、叔父・語郎が大正13年に阿寒郡舌辛村大字舌辛村字雪裡(現:鶴居村雪裡)に転籍届を出していたものです。
岩手での千葉家は、現在も子孫の方より嫁の祖父宛に毎年年賀状が来ていますので、ご健在のようです。
千葉家をさかのぼると、確認できる最古が千葉専蔵。当時の戸籍簿には「陸中國北九戸郡長興寺村」とあり、何か迫力を感じたものです。その専蔵の長男・千葉友吉(1843~1887)、さらに長男・千葉岩太郎(1868~1911)と続き、そのまた長男・千葉菊太郎が高祖父にあたります。
長興寺という地名は九戸政実菩提寺・長興寺より名づけられたものと思いますが、こちらに伝わる千葉家に関わる事柄をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただきたく思います。
<千葉家直系系譜>
千葉専蔵→長男:千葉友吉→長男:千葉岩太郎→長男:千葉菊太郎→長女:千葉ハルノ(山田ハルノ)・・・。
家紋:不明