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真剣に家系探求

何かの縁で北海道に集まってきた祖先の歴史を少しづつ紐解いていきます。

田無へコンタクト

前回3月に更新してから、早5ヶ月・・・。

その間いろいろなことがあり、すっかりまた更新が滞ってしまいました。

 

世間ではお盆ムードですね。

お墓参りの際、母方祖父に土産話を持っていこうと思いまして、母方祖先の地・田無へコンタクトをとってみました。

いままではほとんど情報を得ることができなかった高祖父の実家・新倉家です。

 

なんと、西東京の図書館蔵書を何気なく検索してみると、

高祖父の修了証書や、高祖父のさらに父のさまざまな文書があるではないですか!

 

・・・というのも知ったのはずいぶん前のことなのですが、

いつか田無に行こうとおもいつつ、実現するのはいつのことか・・・。

 

行けないならば・・・と、先月、思い切ってメールをしてみると、コピーを頂くことができました。

 

さらに、その文書に高祖父の実家と思われる地番が記載されており、

現在の住所と照らし合わせ、おそらく本家ではないかというお宅にお手紙をださせていただいたところ、

すぐさま丁寧なご返事が!

 

やはり、共通の祖先を持つお宅でした。

 

どうやら、高祖父は北海道に渡った頃はまだ連絡を取っていたものの、

そのうち音信不通になってしまったそうです。

 

生きるのに精一杯でそんな余裕すらなかったのでしょうか・・・。

 

あと、祖父が新倉の家紋を「丸に違い矢」といっていたのは記憶違いで、私の家と同じ「丸に違い鷹の羽」というのも判明したところです。

 

思いのほか情報をたくさん頂くことができ、祖父に伝えるべく纏めているところです。

 

画像は、高祖父の下等小学第四級修了証書です。当時は田無は神奈川県。しっかり平民の記載があります。

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下等小学は、入学の年齢はまちまちですがみんな第八級(級は半年単位)からスタート。四級は今に当てはめると小学校3年生前半くらい。落第ありなのでずっと同じ級を繰り返すことも珍しくかったようです。四級はわりと優秀?