真剣に家系探求

何かの縁で北海道に集まってきた祖先の歴史を少しづつ紐解いていきます。

除籍謄本請求に失敗した話

こないだ、除籍謄本の請求に失敗した話を記しておきます。

 

宮城県桃生郡矢本村(現在の宮城県東松島市矢本)にかつて住んでいて、明治36(1903)年に北海道へ転籍した私の母方祖父の母の、またさらに母の父の父・及川藤右エ門(1843~1912)は、石垣家から及川家に養子に入った人物。

その実父は石垣竹蔵という名で、藤右エ門は竹蔵の次男にあたります(除籍謄本の情報)。

 

石垣家について以前書いた記事

 

次男である藤右エ門の年齢を考えると、竹蔵はおそらく1815年くらいに生まれた人物だと推測。

だとすると明治19年戸籍が編製された1886年には70歳ちょっと。

 

もしかすると長生きしていれば除籍謄本が残っているかも・・・と考え、その竹蔵の除籍謄本をゲットすべく東松島市へ請求をかけてみました。

 

2日後、東松島市からお電話をいただきました。

「石垣竹蔵さんの除籍はないですねぇ。もう少し探しては見ますけど」・・・とのこと。

 

電話を切り、やっぱりないかぁと思って諦めかけたのですが、もう少し足掻くことに。

 

もう一度電話をして、「もしかして竹蔵の妻が記載された次代の戸籍は無いですかね?」という質問を投げかけて電話を切ります。

 

ご返事は、「やっぱり無理ですねぇ。石垣竹蔵が戸主っていう除籍はあるんですが、次男には藤右エ門さんとは違う名前があるんですよ」

 

なんですって!?

 

その竹蔵さんの生年月日は聞いても教えてくれませんでした。

 

おそらく次男である藤右エ門は明治19年戸籍が編製される以前に婿入りしているので、石垣竹蔵の戸籍には存在しないでしょう。

東松島市の担当さんがおっしゃる石垣竹蔵が戸主の戸籍謄本は、石垣竹蔵の息子である、長男・石垣竹蔵(藤右エ門の兄)の戸籍ではないかと想像します。

 

生年月日が判れば、藤右エ門の父か兄かを判断できたもんなんですけど。

 

私が知る限りでは、藤右エ門の母親の名前は不詳。

もし、その戸籍に竹蔵・藤右エ門兄弟の母親が記載されていたとしても、名前が判らないために確定はできません。

 

矢本町史に記された壬申戸籍の目次には石垣竹蔵の名は1軒しかなかったので、この家で間違いはないとは思うのですが、もう自分の力はこれ以上ムリです(ToT)/~~~

 

何かゲットできる方法はないものか・・・。