真剣に家系探求

何かの縁で北海道に集まってきた祖先の歴史を少しづつ紐解いていきます。

ハードスケジュールな関西旅行①

先々週10月18日、2010年から画策していた関西旅行がついに実現!

2010年ならば、当時3歳の娘と家族3人旅行のはずだったのですが、仕事上の問題で計画が頓挫。

続いて、息子が(まだ飛行機の席が必要ない)2歳だった2013年にも計画を立てたものの、金銭的な面でまたもや頓挫。

そして、いよいよ7年越しの思いが叶う時が来たのです。

 

今回のメインは以前の計画から大幅に方向転換して、昨年釧路市から兵庫県新温泉町へ引っ越した娘の親友に会うこと。

 

そこにたどり着くまでには、釧路市から新千歳空港まで車で270km走り、そこから関西国際空港へフライト。

そしてそこから250km(ほとんど一般道)走らなくてはなりません。

 

本州の道を走りなれない私には、なかなかの難度です。

もちろん、せっかく高い旅行費や休暇を取って関西へ行くからには、コテコテの大阪、文化的な京都や奈良も押さえておきたいところ。

そうして6泊7日のハードスケジュールを立てました。

 

そしてもう一つ。

以前の計画にはなかったことですが、たまたま目的地である新温泉町は、妻の曾祖母系統が住んでいた鳥取県のすぐそば

妻の曾祖母の実家である鳥取市国府町荒舟の湯谷家

さらにその南にある妻の曾祖母の父の実家である八頭町徳丸の中島家竹内家

その3家の調査もすることに(*'▽')

しかしスケジュール上、他の家族は「鳥取砂丘こどもの国」で娘の親友一家と遊んでてもらうということで、一人での行動は移動時間も併せて3時間ほどしか時間がとれません。

効率的に回るためには、いろいろ情報を仕入れとかなくては!

 

 そこで、旅行のわずか1か月前に、菩提寺と思われる各町二つのお寺にお手紙をさせていただきました。

 

すると、程なくして八頭町のお寺からお返事が!

 

丁寧なお手紙とともに、妻の高祖母の父・竹内儀三郎の没日(明治19年2月11日)および子孫が北海道に渡ってしまったため、その子孫は鳥取に居ないこと。

過去帳からは竹内儀三郎の本家がわからなかったこと。

そして妻の高祖父の父・竹内惣次郎(1849~1912)の実家である中嶋家の子孫について記されておりました。

惣次郎の父・中嶋(なかしま)藤八の没日は明治19年1月21日。母・おくの没日は明治28年5月17日。

中嶋家は、いつのころか「中島」と字が変わり、現在も八頭町徳丸にお住まいとのこと!

 

荒舟の湯谷家については、ご連絡をいただくのが間に合いませんでした(;´Д`)

 

時間が限られているので、荒舟・徳丸ともお墓にについて重点的に調べる方針とし、できればお寺とお宅にご挨拶することとしました。

 

そしていろいろ行く場所の取捨選択や計画を練り直したりしていよいよ旅行直前。

しかし、順調にはいきません。

 

出発の3日前、息子が発熱。

病院に行ったところ、ただの風邪。なんとか出発前日の朝に回復して元気に幼稚園へ行ってくれました(#^^#)

安堵したのもつかの間。その夕方の部活中(出発前日)から娘が発熱(;´Д`)

これはいよいよダメか~と半分あきらめてしまいました。

 

しかし娘の親友に会いたい一心!?で出発日の朝には治癒!

 

無事に旅立ちを迎えられることとなりました!

 

次回に続く・・・