真剣に家系探求

何かの縁で北海道に集まってきた祖先の歴史を少しづつ紐解いていきます。

荷軽部のご先祖の姓について、またまた

う~む。もう10年以上経つのに、未だ進展をみない妻の父の父の母の父の母の父の母の実家の姓

このハルさんは、文化11(1814)年に現在の岩手県久慈市山形町荷軽部に生を受けます。
そして弘化2(1845)年、31歳の時に長男・亀吉が誕生しておりますので、おそらくはそれ以前に隣りの長興寺村に住む6歳年上の小野寺辰之助と婚姻していると思われます。
小野寺家の最古の戸籍によると、ハルさんは荷軽部村の??沢巳之松妹という身分だったようです。
その??沢が読めない!と、これまでしつこく呟いていたところでした。

そして前回、荷軽部に存在する○○沢という姓を羅列してみて、
いちばん多い姓である苅間沢で(納得した方がよいので)はないかと仮定。

ぜんぜんスッと落ちませんが、これで終わろうと、自分を納得させようとしています。

そんな折、ネットで荷軽部に関する資料を見つけました。

北三陸ヒストリア」というサイトです。

その中に、平成2(1990)年に建立された荷軽部地区の英霊碑的なものが紹介されております。
出征したのであろう75名の名前が彫られていまして、非常に興味深いものでしたので、考察してみることにしました。

荒野惣太郎
荒谷兼蔵
荒谷惣蔵
石渡清吉
大畑佐太郎
大畑冶一
大畑四郎
大畑文次郎
大畑末子松
大畑龍吉
大峯清造
大峯仁三郎
大谷地仁八
小笠原武夫
小笠原道夫
小笠原興三郎
落安佐太郎
落安末太郎
落安末松
落安清治
落安彦三郎
落安彦蔵
落安孫之一
落安興八郎
苅間沢信一
苅間沢末吉
苅間沢清造
苅間沢留吉
苅間沢寅蔵
苅間沢寅太郎
苅間沢酉蔵
苅間沢直治
苅間沢初五郎
苅間沢義雄
苅間沢喜三
木藤古一太郎
木藤古徳太郎
木藤古松蔵
小右エ門岩蔵
拙家兼蔵
拙家富治
田代末造
田代由太郎
泥崎申松
中川原権太郎
韮沢徳蔵
韮沢福蔵
韮沢八十吉
火石三次郎
火石末吉
火石大次郎
火石徳蔵
火石虎蔵
火石百太郎
火石政三
室沢政一
八木巻熊五郎
八木巻佐一
八木巻仁八
八木巻善作
八木巻宗作
谷地兼松
谷地定雄
谷地定
谷地三次郎
谷地政造
谷地長五郎
谷地留吉
谷地初太郎
谷地福次郎
谷地松太郎
谷地興吉
谷地興三郎 
横葉惣一郎
横葉虎松

・・・以上の75名の名が彫られています。

彫られている姓を集計すると、

谷地 12
苅間沢 11
落安 8
火石 7
大畑 6
八木巻 5
小笠原 3
木藤古 3
韮沢 3
荒谷 2
大峯 2
拙家 2
田代 2
横葉 2
荒野 1
石渡 1
大谷地 1
小右エ門1
泥崎 1
中川原 1
室沢 1

・・・と、なりました。

この中で、苅間沢、落安、火石、八木巻、木藤古(きとうご)、拙家、横葉、大谷地、小右エ門、泥崎といった姓は、荷軽部で局地的にみられる姓。
きっと、古くから居住している方々が、ずっとこの荷軽部という地を守っているんだということが強く感じられます。

話は戻って、ハルさんの兄は巳之松という名。干支が入っています。
もし、代々干支を名前に入れる家だとすると、上記のリストから拾うと・・・、

・大畑末子松(大畑未子松(みねまつ)?)
・苅間沢寅蔵
・苅間沢寅太郎
・苅間沢酉蔵
・泥崎申松
・火石虎蔵
・横葉虎松

・・・という7名が当てはまり、一番多い姓は苅間沢。

前回も苅間沢という姓で納得しようとしていたのですが、これでまた苅間沢説が有力となりました。というか、早く完全に納得したい。
しかし、字面的に「火石」という姓も怪しい気がしてきました。たとえば「火石沢」とか・・・。ネットによると火石沢は同じ岩手の遠野や紫波あたりに地名があるんですね。
あぁ、これじゃあまた妄想にふけることになってしまう。。。

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