久しぶりの除籍謄本請求、玉砕の巻
こないだ訪れた鳥取県八頭町徳丸。
菩提寺さまに情報をいただき、過去帳によると惣次郎の父・中島藤八は明治19(1886)年1月21日に72歳で没、母・おくは明治28(1895)年5月17日に73歳で没ということが判明。ともに喪主は惣次郎の兄です。
先日、この夫妻についての除籍謄本を請求したところでした。
しかしながら、本日「直系の人物が記載されている除籍はありませんでした・・・」と連絡を受けたところですorz。
ところが、検索システムのあるコンピューター上でも見てもらったんですが、惣次郎の兄の除籍にも記載が見つからなかったそうです。
明治19年戸籍の編製がそんなに遅かったところってあるのでしょうかね?
それともなにかの確認もれ?・・・(*´Д`)
またはほかの兄弟(存在するか未確認)の除籍に記載されているとか??
またいつの日か直接役場に出向いて再チャレンジしないとならないかしら!?