名前の読み方
以前、福島県白河市に住んでいた祖先の『角田』という姓が「かくた」なのか「つのだ」なのか、はたまた「すみだ」や「かどた」とも読める・・・といったお話を綴ったことがありました。
電話帳で「つのだ」だということが判明したのですが、こうしたことは姓に限ったことではありません。
※本日、F1チームのアルファタウリ・ホンダから、7年ぶりの日本人ドライバーとして角田裕毅(つのだ・ゆうき)のデビューが発表されました!!応援しないと!!
母方の高祖父である及川清之進(1871~1935)ですが、わたしは最初『きよのしん』だと思っておりました。
しかし、当時まだ健在だった祖母から、「おじいさんは『せいのしん』っていうんだよ」と教えてもらったことがあります。
下の名前は、現在も残っている「姓」より、当時を知る人が居ないと確かめようが無いなって思ったものです。
このときはばあちゃんが教えてくれなかったら、ずっと『きよのしん』でいくところでした。
あらためてそう思ったのが、先日亡くなった母方のじいちゃん・平野政次(1922~2018)。
ずっと名前は『まさじ』だと聞いていたのですが、お通夜の時に、司会の方が「ひらの『まさつぐ』さま」と言っているのです。
まさつぐ!?
どってんこきました!
じいちゃんは『まさじ』の名が気に入っていなかったらしく、『せいじ』と名乗っていたという話はなんとなく聞いたことがありました。
また、平野家(というよりも高祖父の実家である新倉家)では、男子に「治」もしくは「次」という字を付けるという流れもありました。
どちらも「じ」と読みますから、『まさじ』、『せいじ』ならばどちらもあるかな、と。
また、仕事とプライベートで使い分けていたとの話もありました。むむぅ。
また、かつてじいちゃんからすると義父にあたる、ばあちゃんの父親・皆川征露久(せいろく、1905~1954。日露戦争に勝利した月に産まれたから、この名になったそう)から昭和28年に来たハガキを見せてもらったことがあります。
そこには「平野政治様」との記載が(落書きがいっぱいあるけど)。
「治」!これはまさに『○○じ』と呼ばれていたことに他なりません。
でも、伯父も叔父も「どうやら『まさつぐ』であってるらしいんだ・・・」と、なんだか歯切れの悪い回答。
役場的には『まさつぐ』となっていたのかもしれません。じいちゃんが届出とかして。
この経緯は、残しておかなくてはならない事項かなと思っています。じいちゃん的には余計なことだとおもいますけど。
でもじいちゃんはなんでそんなに『まさじ』が嫌だったの??
そんなこともあり、名前の読みはホントにわからないなぁと思いながら直系の祖先を見てみると、
福島県白河市の藤田定蔵(1840~1903)は『さだぞう』とも『ていぞう』とも『じょうぞう(は、あまりないかな?)』とも読めます。
その父である藤田定左エ門は『じょうざえもん』とも『さだざえもん』とも。
茨城県つくば市の斉藤市郎は『しろう』なのか『いちろう』なのか。
東京田無の下田忠蔵は『ただぞう』、『ちゅうぞう』。
戦国時代のころを過ごしたと思われる岩手県九戸神社の宮司、妻からすると15代前の祖先である千葉真長は『さねなが』、『まさなが』。
※余談ですが、九戸村出身の元ヤクルトスワローズ、風張蓮 - Wikipedia(かざはり・れん)投手が、私の応援する横浜DeNAベイスターズに入団決定!㊗!
ちょっと気になる直系を見ただけでも、これだけいますね。
地域性などもあるかもしれませんし、真実はわからないでしょうが、最初に挙げているのが私がそうじゃないかなと思っている名です。
また、ばあちゃんは「平野ゆき」ですが、姉妹からは『雪子』と呼ばれていたようで、その長姉の「セツ」さんは『節子』だったり、おしりに「子」を付けるのが流行っていたこともあるらしいですね。
あと、茨城県大子町生まれの高祖母は戸籍上は『スエ』という名ですが、茨城の訛りなのか、みんなからは『スイ』と呼ばれていたようです。お墓にも『菊地スイ』と刻まれています。
いまの子どもたちは読みかたが昔の比じゃなくバリエーションがありますから、しっかりと読みも記録しておかないと、のちのち子孫たちが困っちゃうのでしょうね。